人間の寿命は、医療や衛生の発達によって延び続けています。しかし、寿命が延びるだけではなく、健康で若々しく生きることができれば、より豊かな人生を送ることができるでしょう。そのためには、老化という現象を科学的に理解し、制御する方法を見つける必要があります。

❑ はじめに

老化とは、生物の体内で起こる機能の低下や損傷の蓄積のことです。老化は、遺伝的な要因や環境的な要因によって影響されますが、そのメカニズムはまだ完全には解明されていません。

しかし、近年の研究で、老化に関わる分子や遺伝子が次々と発見されており、老化を制御する可能性が高まっています。

その中でも注目されているのが、NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)という物質です。NMNは、エネルギー代謝に不可欠なNAD(ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド)の合成中間体であり、NADの量は老化と密接に関係しています。

NADは、サーチュインと呼ばれる長寿遺伝子の活性化やDNA修復など、老化防止に重要な役割を果たしますが、加齢やストレスによって減少します。そこで、NMNを摂取することでNADの量を増やし、老化を遅らせる効果が期待されています。

実際に、マウスやヒトにおいてNMNの投与が健康寿命を延ばすことが報告されており1 2 、現在は臨床試験や商品開発が進められています。しかし、NMNがもたらす社会的なインパクトや課題についてはあまり議論されていません。

本記事では、NMNが普及した場合に想定される社会的な変化や課題について考察します。

❑ NMNがもたらす社会的な変化

NMNが普及した場合に想定される社会的な変化は以下のようなものが考えられます。

高齢者の健康状態や能力の向上

NMNが老化を遅らせる効果を持つとすれば、高齢者の健康状態や能力も向上する可能性があります。例えば、認知機能や運動機能の低下を防ぐことで、高齢者の自立性やQOL(生活の質)を高めることができるかもしれません。

また、免疫力や抗酸化力の強化によって、感染症やがんなどの疾患の予防や治療にも貢献する可能性もあります。さらに、皮膚や髪の毛などの外見的な老化も抑制することで、高齢者の自信や満足度を高めることも期待できます。

高齢者の社会参加や経済活動の拡大

高齢者の健康状態や能力が向上すれば、社会参加や経済活動にも積極的になる可能性があります。例えば、ボランティアや趣味などの社会活動に参加することで、高齢者の孤立やうつを防ぐことができるかもしれません。

また、仕事や起業などの経済活動に従事することで、高齢者の収入や生産性を向上させることが期待できます。さらに、消費や投資などの経済活動に参加することで、高齢者の購買力や資産形成を促進することも考えられます。

高齢者の人口構成や世代間関係の変化

NMNが寿命を延ばす効果を持つとすれば、高齢者の人口構成や世代間関係も変化する可能性があります。例えば、高齢者の割合が増えることで、社会保障制度や年金制度などの財政負担が増大する可能性があります。

また、高齢者の寿命が延びることで、子や孫との関係や相続問題などの家族構造や法制度が複雑化するかもしれません。さらに、高齢者の能力が向上することで、若者との競争や対立などの世代間摩擦が発生する可能性もあります。

NMNがもたらす社会的な課題

NMNが普及した場合に想定される社会的な課題は以下のようなものが考えられます。

NMNの安全性や効果に関する科学的な根拠の不足

NMNはまだ新しい物質であり、その安全性や効果に関する科学的な根拠は十分ではありません。現在は臨床試験や商品開発が進められていますが、その結果は未知数であり、NMNは個人差や摂取量・方法・期間などによって効果が異なる可能性があります。

さらに、NMNは他の薬物や食品と相互作用する可能性もあるので、NMNを摂取する際には注意が必要です。

NMNの価格や入手性に関する格差や不公平

NMNは現在は高価であり、入手も容易ではありません。そのため、NMNを摂取できる人とできない人とでは、健康状態や寿命に大きな差が生じる可能性があります。

この可能性は、社会的な格差や不公平を招く恐れがあり、NMNを摂取することで健康や寿命に優位性を得る人が、社会的な地位や権力を独占する可能性もあります。

これは、社会的な正義や平等に反するという批判があるかもしれません。

NMNは現在は食品や化粧品として販売されていますが、その規制や倫理に関する問題や議論も存在します。例えば、NMNは医薬品として扱われるべきか、食品として扱われるべきか、化粧品として扱われるべきか、などの分類や基準が明確ではありません。

また、NMNは老化を遅らせる効果があるとされるため、その効果を訴求する際には科学的な根拠や正確な情報を提供する必要がありますが、その方法や範囲についても統一されたガイドラインがありません。

さらに、NMNは人間の寿命や質を変える可能性があるため、その倫理的な問題や社会的な影響についても慎重に考える必要があります。

例えば、NMNを摂取することで人間の寿命が延びることは望ましいことか、不自然なことか、公平なことか、などの価値観や規範についても議論が必要です1

おわりに

本記事では、NMNがもたらす社会的な変化や課題について考察しました。

NMNは老化を遅らせる効果を持つ可能性がある物質であり、その普及は人間の健康や寿命だけでなく、社会全体に影響を与える可能性があります。

しかし、NMNの安全性や効果に関する科学的な根拠はまだ不十分であり、その規制や倫理に関する問題や議論も存在します。したがって、NMNを摂取する際には注意が必要ですし、その社会的なインパクトや課題についても引き続き研究や議論が必要です。

1 FDA’s takedown of NMN raises fairness, transparency concerns. NutraIngredients-USA (2022). https://www.nutraingredients-usa.com/Article/2022/11/15/FDA-s-takedown-of-NMN-raises-fairness-transparency-concerns